チンパンジーえにっきイメージ

岡山県玉野市にあった類人猿研究センター(GARI)で研究のパートナーとして暮らしていたチンパンジー8人。
彼らのようすを、写真を添えてつづってきた2004年8月から2013年3月までの「えにっき」の記録です。

2012.11.27「かけがえのない存在」

2011年1月26日。
類人猿研究センター(通称GARI)に、衝撃が走りました。
GARIの母体会社、㈱林原生物化学研究所をはじめとする林原グループの経営破綻。
このことは大きなニュースになりました。
現在は、長瀬産業株式会社の子会社となり、新しい㈱林原としてスタートしていますが、 GARIを含むいわゆるメセナ事業を継続する予定はありません。

以降、GARIがGARIとして存続する道を模索してきましたが、 残念ながら、2013年3月31日をもって、閉鎖することが決定いたしました。
これまでの皆様のあたたかいご指導・ご支援に感謝し、心よりお礼申し上げます。

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GARIのチンパンジー8人は、年明けには京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリに行くことになります。
サンクチュアリに行くのは、チンパンジー8人だけ。スタッフは誰一人行くことができません。
これまで一日も欠かさずつきあい、少しずつ築いてきた関係が、こんなにもあっさりと崩されてしまうことに、正直、やりきれなさでいっぱいです。
チンパンジーとスタッフの親密なつきあいは、GARIならではのものです。
ここでおこなわれてきた研究は、チンパンジーとスタッフの信頼関係なくしてはできなかったことが、たくさんあります。
お金では買えないものへの価値は、本当に見いだせないのでしょうか?

(左上から右上へ順に:子どもの頃のロイ、ジャンバ、ミサキ、ツバキ、4人、ミズキ)

1999年、1月。
ロイ、ジャンバ、ツバキ、ミズキの4人が、その3年後にミサキが、私たちの研究パートナーになるため、お母さんや友達から離れて、熊本から来てくれました。彼らがまだ2~3才のころです。
チンパンジーの母子はとても強い絆があります。そのお母さんの元を離れて新しい場所で暮らすことになり、みんなとても不安だったに違いありません。
スタッフは、そんな彼らの親代わりとなって面倒を見てきました。

やがて彼らも大人になり、子どもが生まれました。
2005年にナツキが、2008年にはハツカとイロハが研究パートナーに加わり、8人になりました。

この先、ナツキがお嫁に行ったり、ツバキ、ミズキ、ミサキが第二子を産んだりする予定でした。
まだ自分の子どもを残していないジャンバにも、父親になってもらう予定でした。

チンパンジーは社会性を持った動物です。子どもを産み、育て、仲間と一緒にいろんな経験をしてもらいたい。
研究パートナーでありながら、彼らにもやはりチンパンジーとしてのしあわせな人生を歩んでもらいたいのです。

(下写真:【上】出産後のツバキと赤ちゃんのナツキ【下】ロイについて歩くナツキ)

「チンパンジーとかかわるということは、自分の一生をかける仕事になる。その覚悟はあるか?」私たちはそう言われ、覚悟を決めてこの仕事に就きました。
どんなに大変でも、どんなに寝不足でも、どんなにしんどくても、彼らがいる限り投げ出すことはできません。
親が子どもを投げ出すことができないのと同じです。

時に付き合いがうまくいかず思い悩むことも、もちろん腹が立つこともあります。でも、そんなことは一切関係なく愛情が湧き上がることもあります。

(下写真:出産後スタッフの腕枕で眠るミズキと赤ちゃんのイロハ)

一方で、チンパンジーは危険な動物。同じ部屋に入り、直接対面をおこなうということはリスクが伴います。
付き合い方を間違えれば、事故につながります。大ケガだけでなく自分が死ぬこともあるかもしれない、そこまで覚悟して彼らと付き合ってきました。
いったん事故を起こしてしまえば、チンパンジーとスタッフのその後のつきあいが難しくなります。いくらスタッフ側に落ち度があったとしても、チンパンジーが悪者にされる可能性もあります。

そうならないために、私たちはこれまで毎日彼らと真剣につきあい、常に客観的に自分とチンパンジーの関係を振り返り、自分を戒め、改善し、次につなげてきました。
そして今があるのです。

(下写真:寝かしつけのようす)

私たちは、言葉を話すことができます。休みの日には自由に遊びに出かけることもできます。暮らす場所も自分で選び、付き合う仲間も自分で選ぶことができます。 でも、チンパンジーは私たちのように、言葉で自分の気持ちを伝えることができません。

GARIの運動場は、飼育施設の規模でいえば最大級で、かなり広いほうですが、それでも彼らは毎日同じ場所で、しかも一生をこの場所で暮らさなければいけません。野生のチンパンジーと違って、暮らす場所もその時々で自分で選べませんし、付き合う仲間も選べないのです。
私たちが気分転換に出かけている間も、彼らは毎日同じ暮らしをしているのです。

だからこそ、少しでも彼らを理解しようと、彼らの発する声や行動、表情、空気を読み、彼らの考えていることを一生懸命感じて、考えて、とことんつきあってきました。

ハード(環境)で補えない部分も、ソフト(関係づくり)で補おうとしてきました。
毎日、朝早くから夜遅くまでチンパンジーのために働き、時に親、時に先生、時に友達としてつきあい信頼関係を築いてきました。

少しでも彼らにしあわせな人生を送ってもらおうと、限りある時間の中で、食べ物、飼育環境、体調管理、繁殖、人との付き合いなど、彼らの暮らしを考え、手を抜かず丁寧に接してきたつもりです。

それが、チンパンジーを研究の対象として飼育する人間の務めだと思うからです。

(下写真:毎日のスキンシップ)

彼らは私たちにとってかけがえのない存在。
彼らもまた、私たちをそう思ってくれているはずです。

 

本当にこれでよかったのか?

 

そう思わずにはいられません。

結局、人間は人間の都合しか考えられないのでしょうか?
彼らと付き合い始める前、彼らに「一生面倒を見る」と約束しておきながら、このような事態になり、8人を巻きこんでしまったことが残念でなりません。

彼らの未来を少しでもしあわせにすること、そしてこの先も彼らチンパンジ―のことを多くの人に伝えることが、研究のパートナーとして協力してくれた8人への恩返しのひとつであると思っています。

(下写真:【上】笑顔のハツカ、【下】運動場で過ごすようす)

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GARIの存続が危ぶまれて以降、署名活動に参加して下さった多くの方や、チンパンジー8人の引き受け先のためにご尽力いただいた林原本社、京都大学、ならびに関係者の方々に深く感謝いたします。

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