チンパンジーえにっきイメージ

岡山県玉野市にあった類人猿研究センター(GARI)で研究のパートナーとして暮らしていたチンパンジー8人。
彼らのようすを、写真を添えてつづってきた2004年8月から2013年3月までの「えにっき」の記録です。

2012.10.19「8年前の思い」

「えにっき」を長らくお休みしていて、大変申し訳ありませんでした。
ほとんど更新できていなかった期間、類人猿研究センター(通称GARI)のチンパンジーのようすを楽しみにしてくださっていた方々から応援メッセージをいただいたこともありました。

GARIのこの一年半を振り返ると、決して順風満帆とは言えない日々でした。
でも、幸い8人のチンパンジーは元気に過ごしています。
応援して下さる方々のためにも、残された時間、8人のチンパンジーのことを少しずつでもお伝えできればと思っています。

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チンパンジーを飼育し、研究をおこなうということは、彼らの一生に責任を負わなければなりません。
飼育環境を整え、健康管理をし、信頼関係を築いてつきあっていく。毎日の丁寧なケアが欠かせません。
研究で成果を得るまでには、その何十倍もの時間を飼育に費やします。
そのため、実は、世に出る成果よりも、そこに至るまでのエピソードの方がはるかに多いのです。

えにっきを私が書きはじめてから、8年が経ちました。
GARIのチンパンジーと出会って半年も経たないうちから"彼らのことを伝える"という役割をもらいました。
今回は、私のお話を交えながらチンパンジーのようすをお伝えしたいと思います。

私が初めてGARIのチンパンジーに会ったのは、2003年の冬。その時は、ただただ憧れていたチンパンジーを間近に見て、感動でいっぱいでした。8才のロイとジャンバ、7才のツバキとミズキ、そして4才のミサキ。まだまだ幼さが残る5人でした。 (下写真:8才の頃のロイ)

8才の頃のロイ

翌2004年の春からボランティアとして週3日、GARIで働きはじめました。「チンパンジーの研究所でチンパンジーと直接かかわりたい!」という私の夢を叶えてくれた多くの方と、受け入れてくれたチンパンジーたちに感謝しています。

私はGARIに来た翌日から、チンパンジーと信頼関係のあるスタッフと一緒に、実験時に同じ部屋に入らせてもらいました。
チンパンジーは、攻撃的な反面とても警戒心が強いところがあります。
ほとんど見ず知らずの私が同じ空間に入ることで、チンパンジーたちは、緊張して落ち着かなくなるか、おもしろがっていたずらをするか、または敵意を持って攻撃的になるか、彼らがどんな行動に出るかわかりません。
新しい存在の人をチンパンジーと同じ部屋に入らせるというということは、入れる側のスタッフとチンパンジーとの間に相当な信頼関係があり、かつ相当な自信がないとできないことです。

それは、私がチンパンジーの飼育に携わり、チンパンジーとのトレーニングをはじめて6年たった今、とてもよくわかることです。自分ひとりで入るより、だれかを連れて入るのは何倍も難しいことです。

はじめのうちは、私は同じ部屋のすみっこに立っているだけ。自分から近づいたり、声を発したりせず、できるだけ何もせずにいます。
「この人は何も悪いことはしない人だよ。この人が今度から入ってくるよ。」ということを、チンパンジーにわかってもらうためです。
そうして一緒の部屋に入ることが彼らに許されてはじめて、やりとりができるのです。


(下写真:チンパンジーと対面しての実験のようす)

チンパンジーと対面しての実験のようす

チンパンジーが私に少し慣れてきた頃、気が強いツバキに私はよく怒られました。
例えば、同じ部屋での対面中に、他のスタッフ同士が会話をするのはかまわないのに、私が声を発すると「オッ!」とツバキが怒ります。「あんたみたいな人がしゃべらないでよ!」とでも言っているようです。
また、他のスタッフと私がボールペンや記録ボードなど、"モノ"の受け渡しをすると「オッ!」。
やはり「あんたみたいな人が・・・」です。

私がツバキにさわることはもちろん、近づきすぎても「オッ!」。とにかく、"新入り"が何かをするのがダメなのです。なかなか認めてもらえない日々が続きました。

でもその一方で、社交的なロイや人工保育のミズキは違います。
"新入り"の私に興味津々。私にさわってみたい、顔をよく見てみたい、私の腕時計が欲しい、一緒に遊びたい、などなど・・・。

 (下写真:ミズキと私)

ミズキと私

臆病なジャンバはというと、私を直視すらしません。「そこにはだれもいないぞ。あそこにいる人は、いるように見えるけど、いないぞ」と自分に言い聞かせているかのように、私はまったく存在しないものとして扱われます。
ジャンバを遠くから見つめる私と、私を見ようとしないジャンバ。
このあと、はじめて一瞬だけ目があった時はうれしくて、心の中でニヤリとしました(笑)

こんなふうにチンパンジーも私たちと同じように「個性」があります。
はっきりと「個性」があるからこそ、つきあっていてとてもおもしろい存在です。
研究のための実験の進め方も、日常のトレーニングも、ひとりひとりの個性に合わせて変化させています。

そうして、私がチンパンジーと同じ部屋で対面しはじめて少し経った頃、この「えにっき」を書くという役割をもらいました。
私がどんどん好きになるGARIのチンパンジーの魅力をたくさんの人に知ってもらいたい!そのためには・・・。

私がその頃に抱いた思い―――

「ガラスも格子もない同じ空間にいられるからこその、写真や映像をたくさん撮りたい!チンパンジーとヒトが同じ目線の"GARIならでは"と言われるものを。」

その思いを他のスタッフの協力により叶えてもらい、新入りの私がカメラを持って、写真やビデオを撮りまくる日々がはじまりました。時に「オッ!」と言われながら・・・。

「人ひとりがチンパンジーと対面する」というだけのことにも、実はこんな道のりがあるのです。

(下写真:お絵かきするミズキ【上】、土曜の昼下がり【下】)

お絵かきするミズキ土曜の昼下がり

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